【中国撮り鉄奇行①】中国へのきっかけ

みなさんこんにちは。

管理人のぷぅやんです。

今回から私の撮り鉄のキャリアの中で、大きな比重を占める海外での撮り鉄についてお話していきたいと思います。

 

私の海外撮り鉄歴の中で、大きなターニングポイントとなったのは、2008年から中国に行き始めたことです。

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2008年からですので、多くの諸先輩方のように何十年にも渡るキャリアがあるわけではありません。

中国と言えば1980年代後半くらいから、日本では淘汰されてしまった現役の蒸気機関車を求めて、多くの撮り鉄が訪れていました。

 

とくに2000年代に入ってからも、すべての列車が蒸気機関車で運行されていた内蒙古自治区の集通鉄路は、世界中のマニアから注目されました。

 

しかし、2006年にはディーゼル機関車が導入され、蒸気機関車は使われなくなってしまいました。

集通鉄路から蒸気機関車が消えた後、中国を訪れる鉄道マニアも少なくなりました。

私が中国に行き始めたのはそんな頃です。

 

私が中国の蒸気機関車がすごい!という話を知ったのは、小竹直人氏の著書「中国最後のSL撮影ガイド」を読んでからです。

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それまで中国の鉄道のことはほとんど知らなかったし、あまり興味もありませんでした。

そもそも「なんでわざわざ中国に行って機関車を撮らなきゃいけないの? 日本のでいいじゃん!」と思っていたのです。

 

しかし、小竹氏の著書を読んでそれが大きな間違いであることに気づかされます。

小竹氏の写真は、蒸気機関車の写真もさることながら、そこに暮らす人々や生活感が現われた写真が多かったのです。

 

むしろあまり蒸気機関車が映っていない写真もありました。

いわゆる「形式写真」と呼ばれるカタログや資料写真のようなものはほとんどありませんでした。

しかし、だからこそ現地の空気感や、リアリティーが見えたのです。

 

「この機関車たちは生きている」と。

 

もともと海外で放浪することが好きだった私は、小竹さんの本を頼りに、中国のことを調べるようになりました。

そして、集通鉄路などのメジャー路線は消えてしまったものの、わずかに残された路線があることを知り、中国に渡ってみることを決意したのです。

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執筆者:神田勲
《ぷぅやん》当サイトの管理人。撮り鉄一筋のキャリアは40年以上。2008年より中国に渡り、現役の蒸気機関車を追い続ける。その活動をYouTubeに投稿し続け、チャンネル登録者は約9000人を超えた(2016年5月現在)。その派生形として、当サイトを立ち上げた。

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