【中国撮り鉄奇行⑥】ロシア国境の炭鉱・扎賚諾爾(ジャライノール)前編

内蒙古自治区の北の外れ、ほとんどロシアとの国境に近いあたりに扎賚諾爾(ジャライノール)という街があります。

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この街を舞台にした映画『ジャライノール』が日本でも公開されましたので、鉄道ファンでなくともご存知の方はいるかもしれません。
扎賚諾爾は露天掘りの炭鉱が雛壇のようになっていて、そこを多数の蒸気機関車が走るという世界でも稀に見る奇景で有名になりました。

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今回からその扎賚諾爾にまつわるお話をいたします。

2009年3月、私は単身、北京から満州里行きの海南航空に乗り込みました。
やはりロシアとの国境の街のため、乗客はロシア人が多いのですが、みんなレスリングのアレキサンダー・カレリンや総合格闘技のエメリヤーエンコ・ヒョードルのような武骨な大男ばかりです。
中国人は日本人とそれほど体格も顔も差がないので気になりませんでしたが、さすがにロシア人ばかりだと少々気後れします。

そして搭乗した海南航空の客室乗務員さんのレベルの高さにも驚きました。
もちろんたまたまかもしれませんが、今まで見た数ある航空会社の客室乗務員さんの中でも群を抜いた美しさでした。

そんなエロおやじ目線で機内食をいただき、ウトウトしてたら、早くも着陸態勢に入ります。

と、その時!

窓の外に地上にポッカリとあいた巨大な穴が見えました。
ジャライノールの露天鉱です。

上空から見る露天鉱はGoogleアースで見た通りの形でした。
そして、その穴の中からは少なくとも8本の煙が上がっています。
聞きしに勝る奇妙な光景に、私は窓に張り付くように露天鉱を見ていました。

しばらくして着陸した満州里空港は、とても小さな空港でした。
空港から外に出ると、どうやらここからの交通手段はタクシーしかないようです。
しかし、まだ日が暮れるまで時間がありそうです。

露天鉱に直行すれば、おそらく撮影は可能でしょう。

私は一台の客待ちタクシーのドライバーにチャーターの交渉をしました。
ジャライノールの露天鉱まで行って、写真を撮って、満州里まで戻る値段を聞くと300元(当時のレートで日本円換算4500円くらい)とのことでした。
ちょっと高い気もしましたが、距離もありそうだし、そのまま頼むことにしました。

空港から扎賚諾爾の街まではとても立派な道があり、30分もかかりませんでした。
街に入るとロシア風の建物が目立ちます。
ドライバーの若い兄さんは慣れてるらしく、どんどん街を抜けて行きました。

と、その時、見たことのある踏切りが鳴っているではありませんか!
この踏切りは動画サイトや欧米系の中国鉄道を扱ったサイトでも有名な踏切りです。
しかし、ここを通過する列車はなかなかないと聞いていましたので、幸先の良いスタートです。

「火車来了!(機関車がきた!)」

ドライバーの兄さんが右のほうを指差しました。
見ると単機の上游型がバックでやってきます。

ふと見ると欧米系のマニアがカメラを構えていました。
噂を聞いてはるばるやってきたのでしょう。

上游型の撮影を終えると、私は再びタクシーに乗り込みました。
ドライバーの兄さんは何度も私のようなマニアを案内したことがあるらしく、「俺に任せておけ」と言わんばかりで車を走らせました。

そしてあるポイントで車を停めました。

ココか!!!

いろいろなサイトや動画で何度も見た露天鉱を見下ろす展望台でした。

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「この炭鉱は日本人がつくったんだぜ!」

ドライバーの兄さんは教えてくれました。
詳しいことはわかりませんが、おそらく旧満州国時代につくられたものでしょう。
撫順炭鉱ほどではありませんが、巨大なすり鉢状の穴がありました。
旧満州国については賛否両論ありますが、当時の人々はこの地の発展のことを思い、命を賭けてこの炭鉱をつくったことは間違いありません。
私は日本人として誇らしい思いになりました。

炭鉱の中には雛壇状になった線路が張りめぐらされており、異常な数の蒸気機関車が走っていました。

一、二、三、四……。

私は台数を数え始めましたが、途中でやめました。
カウントすることが馬鹿馬鹿しくなるくらい機関車がいたからです。

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しばらく呆然とその光景をながめていましたが、正気を取り戻すと私はビデオカメラのセッティングを始めました。

穴の底から上游型蒸気機関車が息をきらせて登ってくるのが見えました。

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氷点下20度近い寒さでしたが、私の血がふつふつと滾ってくるのを感じました。

(つづく)

 

文・写真/ぷぅやん

《ぷぅやん》
本名=神田勲。当サイトの管理人。幼少期から鉄道好きで、撮り鉄歴40年以上。プロカメラマン・編集者として活動しつつ、中国の現役蒸気機関車を追い続け、作品を YouTubeやDVDで発表。2016年5月、キャリアの集大成として当サイトを立ち上げた。

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